ある映画監督のblogから

http://documentary-campaign.blogspot.jp

自民党改憲案について、何が一番問題なのか、僕なりの見解を下に記したい。

天賦人権説とは、平たく言えば、男も女も異性愛者も同性愛者も健康な人も病気の人も障害のある人もない人も子供も老人も右翼も左翼もアナーキストも、生まれながらに人権がある、というもの。

自民党改憲案でそれを公式に否定し、義務とセットにした。つまり義務が果たせない人間には人権がない、と。

[自民改憲案]第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

更に自民党改憲案は、人権を制限するものとして現行憲法にある「公共の福祉」を書き換え、「公益及び公の秩序」とした。

「公共の福祉」とは、Aさんの人権が制限されるのはBさんの人権と衝突する場合のみ、という考え方。それに対し「公益及び公の秩序」とは社会や国の利益と秩序を指す。
http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/09.html

言葉を言い換えただけじゃないかと疑う人は、自民党改憲案のQ&Aを読むんでください。

「「公共の福祉」という文言を「公益及 び公の秩序」と改正することにより、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」
http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

自民党改憲案のQ&Aには次のような言い訳も載っている。

「なお「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません。「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは、 当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、これにより人権が大きく制約されるものではありません」。

しかし、他人への迷惑を心配するなら、まさに「公共の福祉」で制約すればよい。明らかなごまかしである。

つまり自民党改憲案では、平たく言うと国家の利益や秩序のために個人の人権を制約できることになる。政府が考える「国益」に反する行動や集会や映画や演劇や論文や詩や研究や教育や法律は、憲法の名の下にすべて違法化できる。改憲案の起草者はそのことに極めて自覚的であり、確信犯である。

したがってこの条文が意味するところは、もはや明らかだろう。

[自民改憲案]第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。 2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

この条文の意味も明確だろう。

[自民改憲案]第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

個人の財産すら、国が国益を理由に自由に没収できる。

[自民改憲案]第二十九条 財産権は、保障する。 2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない。

自民改憲案では、拷問及び残虐な刑罰も「絶対に」禁じるわけではない。

[現行憲法]第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

[自民改憲案]第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する。

自民改憲案では、次の条文も丸ごと削除された。

[現行憲法] 第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

極めつけはコレ。

[現行憲法]第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

[自民改憲案]第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

憲法が縛る対象が、権力者ではなく国民になっている。これは立憲主義の明確な否定であり、憲法憲法ではなくなっている。

つまり、自民党改憲案は「憲法改定」などという生易しいものではない、それは「憲法破棄」と呼べるものなのである。

自民党改憲案の全文(PDF)
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf