クローネンバーグ試論へ向けてのメモ

クローネンバーグは、この世界のエラーを本来性として認識する。
かれの映画の主人公たちにとっては、この世のエラーこそがこの世の道理を露呈させる機縁なのである。
というよりも、そのエラーが真理であるかどうかは主人公たちが主体的に(勝手に)判断する。
そして、そのエラーこそが真理であると倒錯(判断)する。
むしろ、そのエラーはかつてあったし、今もなおあり、これからも永続するものであると知る。
つまりエラーこそがこの世であったのであり、またこの世なのであり、これからも世を統べるものであると知るのだ。
そのエラーに身を投げて、エラーそのものとなることによって、人ははじめてこの世界を領受することが可能となるのである。