取り憑かれること

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上リンクからの引用です。



さすらいと眩暈の日々へ


私は何年か前に九条のシネヌーボで小沼監督特集が公開
された際に知り合いの方が作っていた映画のミニコミ
に短い映画紹介の文章を載せてもらっていたのだけど
先日、掃除していたらこの冊子を見つけて、我ながら
気恥ずかしい自分の文章に驚いてしまったのだけど
当時の事を思い出して懐かしくなった。

その文章を少し書いてみると
(中略)
「どうしても小川恵、北見敏之でないといけない
何かしら切羽詰ったような想いがスクリーンの中に
閉じ込められていた。小沼監督の作品では猥雑な
もの、幻想的に美しいものが全て優しさにつながって
いる。
そして残るものは胸の痛みと極彩色の記憶。ちなみに
この主演の2人はその後、武田一成監督の「濡れた
海峡」と「闇に抱かれて」で、それぞれ自殺志願の
役を演じている。偶然といえば偶然だけれど、もし
この二人が「さすらいの恋人」の二人だとすれば
あれほどの恋を経験しているが故の強さも、何と
なく納得できて、さすらっている二人の再会を
夢見てしまうのだ」

その文章を書いたという事は私がその映画を見た
ということなのですが、これから書く話はそれより少し
前に遡ります。今からほぼ7,8年前ぐらいかな。

流れる汗が落ち続ける暑い暑い8月の京都の下鴨
神社の古本祭りで私は無心に本を探してた。
そのころは映画の本や情報も今ほど入りにくく
ネットを使えるなんてまだ夢の世界の頃。
1970年代のキネマ旬報を穴が開くほど見て
いたのですが、何故、私がそこまでキネ旬に異常な
ほどの関心を集めていたのかといえば、それより少し
前に見た映画がきっかけです。
「日本映画のソコジカラ」と題してオールナイト上映
された昔の邦画はびっくりするほど面白かったのです
が一番気になったのは「夢野久作の少女地獄」という
作品。
これに出てくる飛鳥裕子と小川亜佐美、という女優さん
のことが気になって気になって仕方なくなり、フツーの
本屋ではあんまり昔の映画のことがわからなかったので
デカい古本市に行けば何かあるかと思って。
少しガラの悪そうなおじさんのトラックに昔のキネマ
旬報は多数積んであって、1冊800円前後がほとんど
で今思うと高かったのだが、なんしかあの不思議な女優、
特に小川亜佐美が何者なのか気になった私は小川亜佐美
飛鳥裕子というキーワードだけを頼みに探していた。
当時のキネ旬はロマンポルノの記事がかなり多かった
ので意外と簡単に見つかった。
4,5冊買ったと思う。小沼勝という文字もあの
オールナイトの看板で書いていたような気がするので
小沼監督の情報が載っている号もまとめて買った。

そして家に帰って何気なくパラパラとキネ旬を見て
いたらふとある映画の写真が目に留まった。
それは男の人と女の人が写っている、2人とも下を向いて
うつむいている、ただそれだけの写真なのだけど、とても
気になった。何か昔見たような懐かしいような気持ちと
胸が暖かく、それでいて切なくかきむしられるようないても
経ってもいられない気持ちが、この写真を見るたびにした
のだ。作品のストーリーを探して読むと益々気になった。
そして時が経てばそういうことなど忘れている私なのに
何故だか何日経ってもその写真のことが気になった。
そしてそうこうしているうちにこの頃のロマンポルノは
とても良い作品があるということに気づき、レンタル
ビデオで少しずつ色んな作品を借りることになる。
確か憶えているのは最初の頃に田中監督の「色情めす市場」
を見たおかげで「ロマンポルノを見続けていくのは全然
恥ずかしい事ではない」と自然と覚悟したような気がする。

そして、たくさんロマンポルノを見てある程度の知識は
出てきた際にも常に思っていたのはあの2人の写真の
ことだった。そして日を追うごとにコアなロマンポルノ
ファンになっていった私はとうとうレンタル屋さんで見れ
ないビデオをわざわざの普通の電気店(ビデオソフトも
置いているからという理由で)で取り寄せして手に入れる
ようになる。
レンタル屋さんでは神代監督や田中監督に比べて小沼監督の
作品はあんまり置いてなかったので小沼作品を中心に取り寄せ
することになる。たとえその映画のタイトルが「奴隷契約書」
や「縄と乳房」であっても、それをとりに行った際の店員の
くすくす笑いや後で私の部屋にロマンポルノのビデオがある
ことを父親や姉にバレても恥ずかしくも痛くもなかった。
それより辛かったのは、私が気になっていたあの映画が
ビデオでは発売されておらずなかなか見れない状態だった
こと。それでも諦められなかった更に色んな情報をあち
こちで探し続けるのだけど、どうやら見るのはかなり無理
らしい。とどめはある雑誌に「さすらいの恋人・眩暈」はフィ
ルムがジャンク処分されてしまった。というような決定的
な情報を知った際には眩暈で頭がクラクラして倒れそうに
なってしまったのだ。

普通ならそれで大概の人は諦めると思う。ただ私は何故か諦め
きれなかった。何とかして・・何とかしてあの映画が見たかった
のだ。
私はあの写真に恋をしていたのかもしれない。
いや、正確には未だ見ぬ映画の中の恋人2人に恋をしていたの
かもしれない。
そういうことを考えるといてもたってもいられず何か私に出来る
ことをしようと考えた。
まず、最初に「少女地獄」を上映してくれた映画館・京都みなみ
会館に「私がどれだけ「さすらいの恋人・眩暈」を見たいのか、
そしてあれほど素晴らしいオールナイトを上映してくれてありが
とう」という旨のレポートか手紙のようなものを支配人に渡して
欲しいと窓口にいた人に頼んだ。それだけのためにわざわざ大阪
から京都まで出掛けたのだけどその後は京都で何もすることが
なくて困った。
そして同時期に九条シネヌーボなどの大阪のミニシアター系の
映画館に同じような手紙を配って歩いたのだけど、この作品は
あまりにもも無謀過ぎたのかもしれない。当たり前のように
失敗。
他の手を考える事にした。その当時、ビデオで何期かに分けて
次々と昔のロマンポルノを発売していた日活に「さすらいの恋人」
をビデオ化してくれないか、とのお願いの手紙を書くしかないと
気合い入れて書くことにした。
「どうして私がさすらいの恋人が見たいのか」を事細かく、
そしてつい熱くなってしまい、ついでに「素晴らしい作品群を
たくさんビデオ化して感謝しております」等、いろいろ書き込ん
でしまったら全部で計7.8枚ぐらいの長い手紙になってしまった。
少し長すぎたかも、と思いつつ、
それを住所を間違えていないかチェックしてなるべくロマン
ポルノのことを知っている人に手紙が届くように、ロマポルの
ビデオのカタログに載っている住所をセレクトして祈るような
気持ちでポストに投函した。
その頃の私はお百度参りや雨乞いをしているような気持ちだった
ような気がする。
この努力もしばらくしても何もならなかった事に気づき(ちよっと
手紙の内容がクドかったのかもしれない・・)
他の手を探そうと無い知恵を絞ろうと私の熱は加速していった。
たぶん、このころ考えていたことと言うのは、ジャンクされた
フィルムを見るためにはどれぐらいの金額が必要という事を探って
いたのだけど、その金額がはっきりせず(どうやったって素人なん
だからわかるわけがないのだが)噂によると50万から100万
ぐらいで何とかなるかもというレア情報を知って、そのころの私は
本気で貯金を崩す事を考えていたのだった。それでも駄目ならどう
するか?ということを自分自身の精神衛生上の為にいろいろ考えて
探偵ナイトスクープ」に依頼してみるのはどうかな、と思った
こともある。これは本当にどうしようもなく無理な時の最終手段
にとっておくとしても、その頃、わたしはふと
「何故?これほど当時でも評判の良かった作品」が
何故ビデオ化されてないのか?ということを考えた際に
「もしかして中島みゆきのわかれうたの著作権の問題かも?」という
ことと「さすらいの恋人」が上映してまもなく何かの理由で上映中止
の憂き目にあっていたことを知って、ダブルでショックを受けた。
忘れていることもあるけど、この頃、他にもかなり色んなチャレ
ンジをしてたような気がする。たまたま飲み会とかで知り合った
映画評論家の方とかにあれこれ聞いてみたりもして。
でも個人の力なんてほんとに小さくて、何かすればするほど
目標がどんどん遠くに出口が閉ざされたような気が何度も
していた。

そしてこれだけ見れない条件が揃っていた。この時点で私はかなり
の割合で諦めていたと思う。でもかすかに「もしかして?」
という希望は持ち続けていた。
そして梅田の小さなサブカル古本屋をたまたま見ていたら「さすらいの
恋人・眩暈」の月刊シナリオを見つけた。「月刊シナリオ」のバックナ
ンバーはそれほど揃ってない店なのに、そうそれなのに何故このタイ
ミングで「さすらいの恋人」のシナリオがこの店に?しかも初めて
入った古本屋だったのだ。その後、その店を何度か探しても見つから
なかった。まるで狐に化かされたような感じで不思議だった。

もしかして「さすらいの恋人」を見ることができるかもしない、
そういう根拠は無いけど新しい想いがふつふつと頭をもたげてきた
のはこの時からのような気がする。
そして、この時点で私がどうしても見たい!と思い続けてから1,2
年近くも経っており、その間、ずっと私は当時付き合っていた彼氏に
会うたびに「さすらいの恋人」「さすらいの恋人」と、うなされる
ようにそればかり言っていたらしい。
あまりに可哀想に思ったのか彼は私の誕生日に「さすらいの恋人」
のプレスシートとスチール写真のセットを贈ってくれた。
ネットで調べて買ってくれたらしい。その時たまたま「さすらいの
恋人」でネット検索すると古本屋さんの通販で売っていたらしい。
私はこの時ほど彼の優しさが身に沁みたことはなかった。

そして、これぐらいの時期のすぐ後だったと思う。
中田監督が小沼監督のドキュメンタリーを撮っていて、もしかして
そのタイミングで昔の小沼作品がニュープリントで新たに見れること
になるかもしれないという情報が入ったのは。

それまでの行動や思い込みの日々、
今思い返せば痛い!かなりイタい奴だよ、私の行動って・・
でも映画の量はたくさん見てたけど今までそこまで映画ファンでも
なくそれほど夢中になるものもそうなかった私にとって、ここまで
の情熱を燃やさせてくれたロマンポルノってやっぱ凄いな、
ってこの頃の私を思い返すとそう思ってしまうのです。

これだけ延々書いてきているのに、まだこの話には続きが
あるのだけど、また体力と時間があれば書きます。


さすらいと眩暈の日々・パート2

前回の日記の続きなのですが、ここでは軽く言って
しまうと、そうなんです、「さすらいの恋人・眩暈」
を見ることができたんです。
私の念力が通じたというよりは運が良かっただけの
ような気がしますが、小沼監督のドキュメンタリー映画
が公開される記念にニュープリントで綺麗に見ることが
できるようになった作品10作品ぐらいの中にエントリー
されていたんです。

東京にいる友達からの手紙のチラシでこのことを
知った私が取った行動は、「さすらいの恋人・眩暈」
が一番最初に公開される日の朝一番の新幹線に乗って
東京に行くことだった。
2ヵ月後には大阪でも見れるということがわかって
いながらどうしても見たかった。もし、その2ヶ月の
間に不慮の事故とか何かあって見れなくなったらどう
するのよ?とか、でもあと2ヶ月待ったら近くの映画館で
何回もみれるじゃないの?とか天使と悪魔がせめぎあって
いたのだけど圧倒的に強かったのは悪魔で、私の中の葛藤
はいとも簡単に「東京に行くこと」が早々に決まった。

はっきりとは憶えていないけど、確かその時は1月か2月の
土曜日で、朝TVをつけると東京では何年かぶりの大雪だ
と聞いた。「さすらいの恋人」が終るのが夜9時ごろなので
急げば夜行バスで大阪に帰れると思っていて切符まで
買っていた企みが甘かった。
「なんでこんな日に限って雪が・・」と嘆きたくなったが
不安な気持ちで新大阪に向かう。
東京に着いたら一面の大雪だった。渋谷とかをうろうろ
するのだけど、大雪が積もってすべって前に進めない。
歩くどころの問題ではない程の大雪である。とにかくユーロス
ペースの映画館の近くの喫茶店で夜の上映までじっとしている
ことにした。

そしてあれほど待ち望んだ映画を見た。
期待に期待を重ねて、ものすごく良い作品を想像していた
私はこの時点でかなり欲張りな状態になっていたハズで、
色んな雑念がありつつ、見た作品は私の期待を遥かに超える
仕上がりだったような気がする。頭がジンジンする。
小川恵、北見敏之飛鳥裕子・・
高橋明も良かった。
細部の脚本と演出の力がかなり大きかったように思う。
そして女優さんが持つ力と。
主演の恋人の2人の存在感が眩しくて、この2人の姿を
映画館で見れただけで涙が出そうになった。
あの私の心を捉えて離さなかったあの2人のスチール写真
のシーンは寂しい公園で出会った2人がその後、部屋で
見つめ合っているシーンなのだけどそのシーンは滅法
良かった。
ラブシーンや濡れ場はもちろん多かったのだけど、恋人2人
がお金を稼ぐ為のシーンでさえも美しく感じた。
猥雑なんだけど純粋な何かが漂っているような。
そこにはただ普通に本当の恋人の暖かい感覚が存在して
いるような感じ。
猥雑であることはすっごく素敵なことのような気がした。
胸がいっぱいになった。

もう1人の主役である飛鳥裕子のラストの哀しい愛の姿に
胸が突き刺さった。主役2人の姿は私が想像していたそのもの
だっただけに、飛鳥裕子の姿は思った以上に鮮烈で打ち震えた。
(ちょっと意地悪そうで執念深そうな性格とか恋愛下手な
感じでも飛鳥裕子が演じた役に私は似てるので少しだけシン
パシーを感じたりする)


ただ、問題は今日この後どうするかということで、
普通なら出るはずだった夜行バスが出ないんだから
かなりのピンチだったはずなのに「さすらいの恋人」
を見た後は変に胸がポカポカして外の空気は寒いのだけど
私は寒くなくて、今夜の宿の事などどうにでもなるわよね、
みたいなお気軽な気持ちになっていた。

不思議なことに映画を見ていた時より、その後、私の
頭の中にはあの「さすらいの恋人」のシーンがぐるぐると
駆け巡り、それでいて寒さを感じないのかもしれなかった。
時間が経てば経つほどあの映画の存在が大きくなっていった。

かといって映画館をでたらまだまだ降り続く大雪の渋谷。
これからどうすればいいのだろう。と大雪をかいくぐって
歩道橋を泣く泣く渡りまるでノルディックのスキー競技の最後
の選手のような苦しさで転びそうになりながら本屋でオールナイト
でやっている映画館をチェックした。
確か、浅草・・浅草東宝?だったと思う。びっくりする
ほど大きくて味のある映画館だったように記憶してる。
ただそこに着くまでが長かった。
なんしか大阪の梅田でさえも迷ってしまう私である。
初めて降りた浅草の広いこと広いこと。いろんな大きな
建物があるうえ、雪の中で真っ黒な状態である。誰かに
道を聞こうにも、あんまり人が通っていなかった。
雪の中の浅草をぐるぐる回っていた私は1,2時間ぐらい
経ったその間にお腹が空いたのでビビンバの専門店に
入る事にしたのが夜中の12時ぐらいだったように思う。
中には少ししか客はいなかったけど、ビビンバの吉野家
のような店は珍しかったのでクッパ定食を頼むことに
した。味はまあまあだったけど、正面に座っていた父親
と幼い娘さんが食べていた普通のビビンバの方が美味しそう
だったので、激しく後悔した。
はて、どうしてだろう、私はこの夜のことを思うたびに
この父娘二人連れのことを良く思い出すのだ。念願の映画
を見たあとで普通の景色が輝いて見えたのか、それともこの
2人がとっても幸せそうで印象的だったなのか、
やっぱりビビンバにすれば良かったと強く思ったからなのか。

まあ、その店を出た後にようやく今夜の安住の場所を探し
出した。浅草東宝のオールナイトはカルト特集か何かで
上映作品は「弟切草」「催眠」「狗神」などをやっていた
奥菜恵の「弟切草」がびっくりするほど面白くなかったおかげか
他の2本は少しましに思えた。しかしこの3本の筋を追いなが
ら私の頭の中は他の映画をみながら「わかれうた」がなり続け
他の映画を見るたびにそのボリュームが大きくなるのを
感じた。

オールナイトが終ったのが朝の5時過ぎ。
寒空の下に放り出されてしまった。
雪はもう止んでいた。積もった雪には沢山の足跡があって
それも随分、溶けかけている。
色んな人の足跡を踏んだりする。雪の感覚と音が気持ち
良くてズバズバという音と雪の感触を少しでも感じたくて
明け方の浅草を散歩がてらに延々歩き続ける。
全然冷たく感じないのだ。
その感覚と朝の空気はずうっと忘れないと思う。

その後に大阪で上映された「さすらいの恋人」を見た
私の男友達が「何故、あなたがあれほどあの作品を見た
いのか、はっきり言って良く判らなかったけど、映画を
見てなるほどと。あなたは賭けに勝ったんですね」
と言ってくれたことがあった。それはちょっと大袈裟
だよ、とひきつつ、私は「うん」と頷いた。

後日談ですがその雪の夜の日のしばらく後、さすらいの恋人を
演じていた二人、小川恵さんと北見敏之さんからお手紙をいた
だいた。ちょっとあり得ない事だったのであまりのことにびっ
くりした。
小川さんのお手紙のお返事の「これほどまでに映画の
登場人物を優しく見てくれてありがとう」という
とっても素敵な文章をもらってまた眩暈しそうになる。
私が趣味でイラストを描いているのがきっかけですが、
小沼監督のおかげでこの映画のイラストが2人に届いたらしい。
この部分は単なるファンの自慢話になるので短めに書く
けれど、でも、まさか、最初に「この面白いのは何?」と
ロマンポルノに興味を持ち始めて、1本の映画を見たいと
想い続けていたことが、これほど自分の中で大きなことに
なるなんてっ!まあ、この頃ロマンポルノ30周年前後
だったという嬉しい偶然もあったにせよ、最後の方は
運が良かっただけだったにせよ、少しは私の飽くなき
念力が通じた部分も少しはあるかもしれない、なんて。
ってことで、日本のどこかで大雪が降ってると聞けば
あの頃、私の耳元でさすらっていた「さすらいの恋人」
とあの夜の雪の感覚を思い出して心地よい気分に
なってしまう。

記憶力の悪い私がこれほど事細かく憶えてる日があるって
ことで、記憶も多少うろ憶えな部分もありますが、
思い切って書いてみました。

そしてこれほどまでに長い文章をよんでくださった
みなさま、ありがとうございます。
今日は2006年の大晦日です。
これをネットに書けたことはすべりこみセーフで
嬉しいことでまた来年に向けて映画の感想をちょびっと
ずつでも続けて書けていけたらと思います。


私記
 あまりに素晴らしい文章。感服です。